DSのソフトをサンタさんに貰おうと思った。だけど、俯瞰することが出来れば、
「いや待てよ、それよりもトイザラスそのものを貰った方が、好きなだけおもちゃ貰えるぞ」
と思いつく。
次に、トイザラス買うんだったら、もっとでかいのもあるんじゃないかと思って、そうすれば自分だけでなく、お父さんもお母さんも楽させてやれる。
それで、どうもGAFAと呼ばれる、google、amazon、facebookが世界の中ででかいらしいぞというのが分かって、だったらサンタさんにプレゼントして貰えるなら、そっちの方がいいんじゃないかとなる。
もちろんこれはちょっとした冗談ですが、俯瞰するというのはこういうことなのです。
もっと広い視野、上の次元から物事を考える。逆に言えば、それをしない限り、いつまでも同じ次元から抜け出せない。
慢性痛みたいな人で、「どこに行っても治らなかった」という人がいるとする。
その人に、
「どこに行ったんですか?」
と聞くと、
「えっ!?だから、整形とか整骨院だよ!」
と答える。またそれに対し、
「2か所ですか?」
なんて聞けば、
「何言ってる!5か所は行ってるわ!」
みたいな答えとなり、本人は「どこに行っても治らなかった」と言っていても、実は本人の言うどこでもというのは、病院と整骨院の5か所とか、せいぜい10か所とかなのです。
本当にどこに行っても、と言うのであれば、タウンページでも見て、しらみつぶしに病院から整骨院から、整体から、指圧、マッサージ、鍼、カイロプラクティック、その他民間療法を受けに行く。
もちろん地域に限定されることなく、北は北海道、南は九州、沖縄とか、更には、アメリカ、中国、台湾、ドイツ、インドなど、海外だってあるだろうし、当然300円とか500円とかに限らず、数万円から数十万円のものまであるのだから、それも受けに行く。
それをやって治らなかったのであれば、どこに行っても治らなかったことになるのでしょうが、実際にはそうではない。
普段から言葉を適当に使っていると、自分の言葉で自分を洗脳し、分からなくなるのですが、どこでもどころか、本当は自分の無意識な考えによって、限定しまくっているのです。
「私は500円の整骨院に5か所行きましたが、治りませんでした。しかし私は他のことにはお金を使っても、自分の体には、それ以上のお金を払う気がありません。一応の生活は出来ているので、後は今の感じで生きていくつもりです。」
というのが潜在意識とか本当の所、本当の気持ちになるのですが、言葉による洗脳、自己催眠によってそれに気づかず、自分が作り出した条件下において、「どこに行っても治らない」などと言って、自分でも本気でそう思っている。
だから無意識的に限定している条件を、変えさえすれば、今まで治らなかったものでも、治ったりする。
当たり前ですけどね。
ただ無意識になっているから難しいのですが、それに気づくには、物事を素直に受け入れることや、自分に問いかけること、また俯瞰力が関係する。
誰か言ってくれる人がいればいいけど、いないのであれば、自分で自分に「2か所ですか?」と一人突っ込みを入れる。笑
そして、今までの次元から、本当に今の次元が最高なのかと、より上の次元で考えるのです。