余裕が無ければ上手く行かない

昨日内村航平選手のお母さんがテレビに出ていたので見ていましたが、非常に忙しい毎日を送っていて、また携帯がないだの、遅刻するだの走り回ったりして、非常に慌ただしく過ごしている。笑

一流アスリートを育てた親でも、そんなこともあるもんだと、思って見ていました。

ただ他の人と違って凄いのは、普通の人なら雪かきちょっとした程度で疲れたと言ったりするのを、講演会や体操教室の指導、また最近では自分も大会に出るなど、朝から夜の2時まで動き回ったりしてエネルギーが物凄い。

今時の人にはそんなエネルギーありませんね。

 

それと旦那さんや長女も、お母さんを尊敬している。旦那さんとの相性もよかったのでしょう。

私であったら、目の前でドタバタ慌ただしくされたら、「ちょろちょろすなっ!」と言ってしまいそうです。笑

また子供が第一に考え、講演会の最中であっても、子供から電話がかかって来たとしたら私は出ると言っていました。

多くの場合は自分のやりたいことをやるのではなく、人にこう言われるからとか、こう思われるからといった基準で行動し、自分が本当は何をやりたいのかが分からず、そのためやりたいことをやり抜く信念がありませんが、

内村選手のお母さんは、さすが超一流のアスリートを育てただけあって、自分なりの軸を持っているのですね。

 

しかしたとえ一流選手のお母さんが、慌ただしくドタバタ過ごしていると言っても、それは真似する所ではなく、真似すべき所は家族に尊敬されたり、自分が本当にやりたいことをやる所です。

「弟子は師匠の悪い所だけを真似する」などとも言われたりしますが、本質を真似することなく、ただ慌ただしく過ごすことだけを真似すれば、病気になったりするでしょう。

また、ただ慌ただしく過ごしている人は、大勢いると思います。

その人が良いかと言えば、別によくはないですね。

 

悪い所というのは、悪い所もあるかもしれませんが、目だって直ぐに真似したくなる所など、本質部分ではなく、表面的な形の部分。

本質部分は地味で目立たなく、またそれが出来るようになるまでには、数年の月日が必要になるため、本質よりも形を真似したくなる。

また本質を理解するだけでも時間がかかったりするので、それを理解出来ない場合は、自己解釈になって、真似をしても似て非なるものになってしまう。

一般的によくあることで言えば、一般の人は一流アスリートや、一流アスリートの親の育て方のどうでもいい所、表面的な所を真似して、本質を理解し本質を真似しようとしません。

またどうでもいいようなことを知りたがる。裏技や魔法の様な方法を求めてしまうのです。

だから上手く行かない。

 

昨日説明したスペースについて、違う言葉で言えば、余裕があるかどうかです。

満腹になって食べ物が入る余裕がなかったら、食べられませんね。余裕の無い人には何も入って来ません。

心に余裕がなければ、人の話を最後までよく聞くことが出来ません。

人の話を聞いてしまえば、自分が否定されてしまうかもしれないので、否定される前に自分が話をする。

また自分の考えがあって、それに固執しているから、表面的にはいい方法に取り組もうと思っているのだけど、それを試みようとする余裕がない。

 

もし何か否定された場合、それを受け入れる余裕が無ければ、即座にカチンとなって、相手を攻撃しようとする。自分が悪いのではなく、悪いのは相手にする。

それが本当にそうであればいいのですが、そうではない場合、自分が変われなくなってしまうし、悪い方向に進み続けてしまうことになる。

これが変われる人というのは、嫌なことがあっても、まず一旦受け入れようとしています。

また何かに偏見を持っていたり、傷ついていたりする場合、それに関するキーワードに出会った時、反射的に感情が反応します。

そうするとそれに囚われ、本質が見えなくなる。

これが特に何もなければ、そこに引っかかるものがないから、全体を通して考えることが出来ます。

これも他を見る余裕がなくなっているのです。

 

普段忙しい忙しいと、慌ただしく余裕の無い生活を送っていれば、洗濯機のネットのゴミに気づいて、捨てることも出来ません。

洗濯機のゴミぐらいであれば、それがあった所で別に死にはしませんが、洗濯機のゴミに気づけないような人が、子供の変化に気づけるかと言えば、自分のことでいっぱいいっぱいになっているのだから、恐らく気づきにくいでしょう。

もし子供が気づいて貰えない場合は、鈍感な親でも分かるように、もっと酷い病気をしたり、悪さをしたり、もしくは子供は頭がいいから、無意識的にもこの親はダメだと思って、話をしなくなるなど離れていく。

 

特にいじめを受けてたなどの場合は、それに気づけないと自殺してしまうなんてこともあり得ます。

子供は親の前では、それを隠したりするかもしれませんが、子供のちょっとした変化に気づくことが出来さえすれば、隠した所で何かあったぐらいかは直ぐに分かる。

また早めに気づくことが出来れば、アドバイスの一つもして、大事にならずに済んだりしますが、末期症状になるまで気づかなければ、自殺とまでは行かないにしても、大変になるでしょう。

内村選手のお母さんが慌ただしく過ごしていると言っても、子供を第一に考えていることから、子供の変化には気づくことが出来ていたのではないかと思います。

またそうしたことに集中力を使っているため、他のことには疎かになっているのかもしれません。

天才のような人などは、ある分野に集中して能力を使っているため、一般の人にとってはなんでもないようなことが、全然出来なかったりすることがあります。

 

日常を慌ただしく余裕の無い状態で過ごしていれば、自分では一生懸命やっている思いが強くなって、上手く行かない事があると、「私はこんなにやっているのに」といった感情になります。

「自分はこんなにやっているのに」と言う考えは、悪循環に陥るもとです。

スポーツなんかでも、「こうしたらいいんじゃない?」といったアドバイスを、自分が一生懸命やっていると思っている人は、自分が否定されたと考えてしまい、アドバイスを冷静に考え、受け入れる余裕がありません。

「あなたは一生懸命やっていない」と否定しているのではないのに、最後までよく話を聞く余裕がないので、何となく否定されるっぽいぞと思った瞬間、「私は一生懸命やってる!」と正当性を主張してしまい、正しいアドバイスを受け入れられなくなってしまうのです。

しかし余裕がある人であれば、「こうしたらいいんじゃない?」と言われれば、取り敢えずはそれを考えてみるでしょうし、良さそうだと思えば、ちょっとやってみようかなと思ったりする。

 

頭の固い人にもっと柔軟になりなさいと言っても、自分はそんなに固くないと考える、逆に頭が少し硬い程度で、どちらかと言うと柔軟な人は、同じことを言われれば、「そうですよねぇ~」となる。

頭の固い人が、硬くないと考える発想が、一体どこから来るのだろうか、と思ってしまうのですが、そういう人に「じゃああなたは柔軟なんですか?」と言えば、「そうではない」と言うように、ただ言われたことに対し、否定するパタンで行動しているに過ぎず、本当は何も考えていません。

自分の否定に対して、とにかく光陰矢の如く否定で返す。もしくは自分の問題ではなく、そのことに対して否定できる所を探す。

表面的には変わりたいと思っても、それだけ変わりたくない思いが強いのです。

まずは余裕がなくなっていること、スペースがなくなっていることに気が付くことです。

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