夢を見ても夢は叶わない

夢を持つことは素晴らしいことですが、夢を見ている内は、その夢は叶わない。しかしこうしたことは、「夢に向かって頑張っている。それの何が悪いんだ!」といった感じで、本人には分からなかったりする。

その人なりに頑張っていることには、間違いないと思いますが、夢を見ている内は、周りがよく見えていないのです。

最近ある高校生が大学に行って、スポーツを極めたいと言っていたのですが、それを聞いて無理だなと思いました。

それが何故だか分かりますか?

 

私は10年以上整体や体のことなど、色々と取り組んでいますが、極めたとはとても言えない。

「それは凡人の人はそうかもしれないけど、天才だったら違うんじゃないですか?」

と思う人もいるかもしれませんが、イチローが、「研究者になりたい」と言っていることから、恐らくイチローであっても、未だ極めることは未だ出来ていないのです。

あの天才イチローが、何年もやっていて極められていないのに、それをわずか数年で極められるとすれば、イチローをはるかに超える超天才をも更に超えた、超天才ゴッドぐらいのレベルでなければ、恐らく無理でしょう。

god

 

だから極めることなど無理なのです。

それでは何故そうしたことを考えてしまうかというと、夢を見ているからです。現実を見ることが出来ていない。

だからこそ絶対に叶わない目標を平気で掲げてしまう。また絶対に叶わない目標を掲げるということは、普段目標を実現化させることが出来ていなく、逆に目標が叶わない事に慣れている、ということでもあると思います。

そういう選手が、一流レベルになる事もまた難しいでしょう。

 

ダイエットで失敗する人の中には、目標設定が間違っていたために、失敗してしまう人が結構います。

ボクサーやボディビルダーであれば、短期間で5キロ10キロ落とすことは、大変であってもそれ程難しくはありませんが、それは経験がある人だから出来ることで、食事制限や運動も殆どしたことの無い人には、まず出来ません。

しかしテレビなどで、10キロ痩せた20キロ痩せたと言うのをよくやっているので、そういうのを参考に、目標を設定してしまい、元々出来ない事をやろうとしているのだから、成功するはずがないのです。

そこで経験を積んだ人は、あれはテレビだからだ、体重が100キロぐらいあるからだ、自分には自分に合った目標にしようと、適切な目標に切り替え、それを達成するために地道な努力を行う。

しかし目標設定に間違いがあったと気づかなかった人は、失敗した記憶が薄れて来た頃、また無謀なダイエットに挑戦するといったことを繰り返す。
ダイエット
 

そんな感じで、10キロ痩せたいとか、プロになりたいとか、大きな夢や目標を掲げることはいいのですが、それだけでは抽象的過ぎ、漠然としすぎていて、また実感が無かったり、何をしていいか分からなかったり、大きすぎて自分には無理だと諦めてしまったりします。

そのため大きな目標、長期的な目標の他に、中期的目標と短期的目標を掲げ、またそれを実現させるための戦略と戦術を考え、小さい目標をコツコツクリアして行くことによって、中期的目標、長期的目標をクリアして行くことを目指す。

小さいことを一つ一つクリアして行くことによって、自信が付いたり、そこから色んなことが分かってきたりもするのです。

またもし問題があった時、予定通り行っていない時などは、原因や戦略と戦術を見直したり、随時正しい方向へと修正して行く。

 

これがただ頑張っているみたいな人は、ただ進みっぱなしで、それがどういう方向に進んでいるのかが分からず、決して間違いに気づかない。またそれを認めたり、受け入れたりすることもないので、周りの人にすれば、「頑張っているんですね。では頑張ってください」、「ファイト!」というぐらいしか言えず、大きな目標も当然実現化されることもない。

頑張っていることは事実かもしれませんが、その頑張り方は夢を見ている頑張り方で、大きな夢や目標を決して叶わない頑張り方です。
mokuhyou
 

また夢を見ている人は、周りに凄い人がいないから夢を見れるので、もしそういうタイプの人が、周りに凄い選手がいたとすれば、「あんな風には絶対なれない」、「持って生まれた人は違う」と諦めることでしょう。

中学では地元で知られた存在で、自信を持っていた選手でも、全国の強豪校に進学した時には、もっと凄い選手が大勢いて、自信を無くしてしまう選手も多くいたりします。

少なくても、とても叶わないようなレベルの選手が身近にいれば、簡単にプロだとか、オリンピックだとか、極めるといった言葉は、恥ずかしくて口に出せなくなるのではないでしょうか。

 

それと夢を見てしまうのは、夢を見ている内が一番楽しいからではありますが、もう少し根本的なことを考えてみると、学校教育で「ダメな奴はダメな奴」と習って来ているからです。

勉強が出来る人や運動が出来る人は元々出来るし、出来ない人は基本的にずっと出来ないままです。

だからもし自分が出来ないとすれば、何やってもダメだと言うことになるので、そう思いたくないために、幻想の世界に入り浸ってしまう。

しかし本来教育とは、出来ない人でも出来る様にしたりするものです。

また大事なことは、出来なかった時にそれを受けとめ、じゃあ、それを出来る様にするには、どうしたらいいかを考え、その取り組みを続けて行くことです。

それが出来なかったで終わるからダメなのです。またその先のこと、出来ない事でも出来る様になる事が知られていない。

こうしたことを考える力も、学校で習っていないから考えることが出来ないのです。
sensei

 

成功する人は、非常に明確で具体性を持っています。反対にそうでない人程、抽象的、漠然的です。

その学生の「極める」というのは、恐らくイチローが考えている極めるではなく、その学生なりの極めると言う意味なのだと思います。それはそれでいいのですが、しかし普段からそうした言葉遣いに慣れていると、自分が本当は何をしたいのか、何をしなければならないのかが、全く分からなくなります。

また少なくてもオリンピックでメダルというのは、無理でしょう。

 

その競技で言えば、オリンピックでメダルを取ったのは、日本人で一人しかいません。オリンピックでメダルを取るために、高校卒業後は海外に行って、大変な苦労と努力を続けて来た人です。

このことから考えてみると、一つは日本人の身体に合っていないか、それか環境なども含めて、日本のレベルが低いかなどが考えられますが、いずれにせよ、ただでさえオリンピックなど、素質才能のある人でもなければ難しいものなのに、更に過去のデータで言うと、日本人はいなく、メダルを取る事は難しい。

そうした中で、果たしてメダルが取れるものなのか。また他にもっと優れた選手がいますが、その選手はダメで、自分だけが果たしてメダルを取れるレベルに行けるものなのか。
olympic
 

進学先の選び方ですが、私の教え子は、高校に行く時、道外の全国の強豪校に行くことも考えたけど、今の体では埋もれてしまうなどから、道内に絞り、またそこから色々考えて旭川になり、全国では当然ながら、全道などでも恐らく無名の学校ですが、そこが一番合っているのではないかと考えて行くことにした。

またそれに至るまでには、お父さんが色々調査してくれて、子供と話し合った結果ですが、そうした調査も行っているし、またいい所に行くために、運気を上げていくような取り組みも、ずっと行っていました。

自分に合ったチーム、指導者、自分が活かせる所に行かなければ、最大限に能力を発揮できません。

そうしたこともせず、安易に強い所があるから行くとでは、全く違う結果になるでしょう。

 

私の教え子ではないので、これからどこかでいい先生に出会うかもしれませんし、大学に行って目覚めることもあるかもしれませんし、また人生色々で、特に若い人などは、やろうと思えばいくらでも色んなことが出来ますから、愉快に頑張って貰いたいものです。

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