一流のアスリートはものまねが上手い。
と言っても、もちろんコロッケさんのようなものまねと言うのではなく、一流アスリートの物まねです。それを真似て盗んで一流になる事が出来た。
昔の日本人の得意分野ですね。
しかしそれは過去の話や一流などの話で、残念ながらものまねが出来る人、盗むことの出来る人は少なくなりました。
1を知って、10を知るのではなく、10を習って1しか分からずみたいな感じですが、これは便利、自動といったものに慣れてしまったからでしょう。
真似るというのは、あくまで表面的なことを真似るのではなく、本質を真似しなければ意味がありません。
表面的なものを真似るだけなら、それはただのものまねレベルです。
しかしその本質が分かるためには、感性や見る目の力が必要で、それが無ければ真似することは出来ません。
もし本質を見抜く力が無ければ、それは自分にとっては無になります。そうすると情報として入って来るものは関係ない所で、どうしてもその関係ない所を真似ざるを得なくなり、真似したものとは違ったものになってしまうのです。
スポーツの子育てで言えば、テレビなどで一流のアスリートに育てた親の子育て法が紹介されると、「ほほぅ、成る程」とそれを真似たりする。
しかしそんなことは、重要ではないし、どうでもいいことです。
例えば子供の頃の習い事で、水泳をやっていた、書道をやっていたからと言って、そんなものは別に真似をする必要などないし、イチローがバッティングセンターに通っていたからといって、それをただ真似した所で、何の役にも立たない。
重要なのは表面的なことではなく、中身です。
習い事でもバッティングセンターでも、どうしてそれをやったのか、どういう取り組み方をしていたのかということが大事な所であって、同じ習い事をするといった形を真似しても全く意味がないのです。
しかしちょっと変わったようなことでもしていたら、直ぐに飛びついてしまう。
スクールで整体を教えていても、私がお手本を見せても、その真似をすることはまず無理です。
下手なことはいいのですが、全然違うことを真似してしまう。
そのためもし何も教えなかったとすれば、目指している方向、努力の方向が全く違うものとなって、完全に我流となります。
少し具体的に言えば、施術の時に体の使い方が大事になるのですが、体の動きは殆どなく、目立たないため目ではあまり見えません。
それに対し、手の動きは見えるので、その手の動きを真似ようとするため、やろうとすることが全然違っているために、似て非なるものになってしまうのです。
そうならないために、見るべきポイントを教える。
それによって、「そうなのかぁ」と少し気付いて練習すると言うことを繰り返す。
自分の知っている事、分かる事の延長でやったって、それは自分のやり方にしか過ぎないのです。
自分を否定した先に、上の世界がある。
よく自分はこうだったからこうなんだと、考える人がいますが、一見すると論理的でもっともらしいのですが、多くの場合は自己解釈にしか過ぎなかったりします。
ドイツ帝国初代宰相のビスマルクが、
「賢者は歴史に学び、愚か者は体験に学ぶ」
という言葉を残しているように、本質を理解した上で、また歴史を学んだ上で、こうなんだという結論に至ったのであればいいのですが、殆どの場合は、本質ではなく表面的な取り組み方をして、自分の体験でこうだったからこうなんだと結論付けてしまう。
それはあくまで、その人がそう思ったに過ぎないのです。
自分の現在持っている知識、経験、感性で物事を判断する訳ですが、そのレベルでしか判断できず、その先や上のものは見えないし分かりません。
見えないし分からないものは、無であり、存在しないのと同じなので、自分の知っている範囲で判断し結論づけても、真実であるとは限らず、判断を誤ったりしてしまう。
また居合の古歌で、
「師に問わで いかに大事を悟るべき こころして懇ろに問え」
という歌がありますが、自分の理解が本当に正しいのかを心して質問したりするなど、十分確認しなければ、習ったとしても自己解釈となり、全く別物の我流となってしまいます。
表面的なものは派手で見栄えがあるし、真似をしやすいし楽で、難しいようでも簡単です。
逆に本質的なことは、代わり映えが無かったり、簡単なようでも難しく、それが出来るまでには何年もかかったり、つまらなかったりもする。
昔イチローが、「親父は決して裏切らなかった」と言っていましたが、バッティングセンターに行くよりも、別に普通のことで変わり映えもしない事だけど、こうしたことが最も大事なことで、難しい所です。
スポーツで一流のアスリートを真似るにしても、それが本当に真似出来てしまったら一流になってしまうのだから、真似することは難しく、難しいから何年も時間をかけて真似が出来る様目指していく。
そのためには自己解釈をしてしまうと、そこで止まってしまうので、常に真実かどうかを問いかけを続け、経験を積んで、見る目の力を養っていく。
テレビで活躍している所だけを真似しても、おかしくなったりしますからね。