これも騙されてきましたけどね。
私は一般の人も整体したり教えたりしているけど、一応スポーツも教えている。
スポーツトレーナーですからね。
一般の人でも、私よりスポーツに関して詳しい人は沢山いるでしょうが、それでも一応専門家です。
その専門家、また普段スポーツを教えている専門家の私が、子供にスポーツをやらせる必要はない、と言うのだから、ちょっと面白いことだと思います。
まず、中学などに入ると部活をさせられますが、文化系などあるものの、何でスポーツなんでしょうかね。もちろん本当にスポーツが好きな人、やりたい人がいますから、その人はスポーツをやるべきで、私はそういう人を応援したりする係りです。
しかし、別にそんなに好きでもない人が、何でやらなければならないんでしょうか。これがおかしいんです。
また相当洗脳されて来たから、何となく変だなと思う人はいても、大部分はそう言うものなんだなと思ってしまう。
だから部活でスポーツをやった方がいいといった風潮があるから、小学生の頃に何か習い事をしていた子供なんかは、中学で忙しくなって、それを止めたりする。
何で?
その習い事より、スポーツの方が重要なの?
スポーツをやって健康になるとか、人格形成に役立つとか思われていますが、専門家の私からすれば、ちゃんちゃらおかしいです。
健康になるんだったら、怪我なんかするはずがないでしょう。
皆さんは整体をしたことが無いから、多くの子供たちが怪我をしている現状を知らないのかもしれませんが、それを知ったら、「スポーツって健康なの?」って思うと思います。
(ただ実際には、治療家などでも、そういう子供が多くいても、スポーツは健康だと考えていたりする。)
「運動不足になるんだったら、スポーツをやった方が健康じゃないですか?」
と思う人もいるでしょう。
それは当然そうですね。
運動不足になれば不健康ですから、適度に体を動かさなければならない。
しかしだからと言って、それがスポーツである必要はないし、レクリエーション的に行うスポーツであれば、運動不足の解消が出来ても、競技として行うスポーツは、多くの場合体を酷使することになって、逆に体を悪くする。
整体の立場から言えば、スポーツをやって来なかった女性の方が、余程健康です。
男性は大抵スポーツをやって来ている。すると体が硬くなっているんです。体が硬ければ頭も固くなるし、動けなくなり、将来的に関節を痛めやすい。
だから女性の方が健康なんです。
それでもスポーツの方が健康なのでしょうか。
ちなみにアスリートが意外と早死にだということは、知られていると思います。
それでも子供にスポーツやらせますか?
ついでに言えば、考えればすぐわかる事ですが、スポーツが健康にいいなどと考えている親の子供が、怪我の予防など出来る筈がありません。
当たり前ですね。
予防する人、予防出来ている人たちは、当たり前にやったら怪我すると考えるから、対策を取る。だから普通の人たちよりも、怪我しにくくなる。
健康が悪いと表現しなくてもいいですが、ただ健康にいいと思っている人が余りに多いので、もし健康で言うなら悪いと言った方が近いのです。
「だけど、スポーツをやった方が、人間として成長できるんじゃないですか?」
そう思う人もいると思います。確かにそういう面もあります。
しかしそれは指導者によるんです。
スポーツをやりさえすれば、人格形成に役立つなどと言う発想は、非常に危険です。
○○をやりさえすればいいというのは、他人任せ、運任せ、権威主義的発想で、上手く行かなくなる。
筋トレにしても多くの人はやり方を考えず、やりさえすればいいと考える訳です。
またスポーツをやりさえすればいいという考えは、そこに親の影響は関係と言う発想でもありますが、スポーツをやっていたとしても、親の影響は大きい。
例えば子供が怪我をして、練習を休まなければいけない時でも、子供がやりたいと言えば、親はそれに従ってやらせたりする。
そうすると子供の我儘を許すことになって、親が我儘な子供に育ててしまう事になる。
皆がやっていて自分だけ休みたくない、また部活の先生に言われたくないから休みたくない、というのは勇気のいることで分かるのですが、その理由でやらせてしまえば、周りに流されやりたいことも出来ない人生、やりたいことを見つけられない人生、信念を貫けない人となっていくでしょう。
それともスポーツをやりさえすれば、周りに流されず、信念を貫き、やりたいことも見つけられるのでしょうか?
当然練習に原因があるのに、それを変えないのであれば、上手くもならないし、また怪我をすることになる。そういう取り組み方では、社会に出た時に何の役にも立たない。
学校で習う勉強みたいなものです。
学校で勉強を習った事で、読み書きが出来るようになりましたが、まぁそんなもんです。
人格形成に役立たせるためには、困難に合った時に、それを乗り越えていくことをやっていかなければならない。そうしたことを学べれば、非常に役立つし、大変素晴らしいことです。
プロになるような人たちは、そういった取り組み方をする。
しかし多くの場合、怪我をしたりすれば休まなければならない状況でも、何が悪かったのか、原因を考え変えていくといったことをしないで、自分がやりたいから、皆がやっているから、先生とかに何か言われるから、そういった理由で、同じことを繰り返す。
親は親で、そうした子供の我儘を許し、周りに流されること、我儘になる事を教えてしまう。
また今はとにかく目先の勝ち負けに拘る。勝ち負けの強迫観念があるのでしょう。
しかし小っちゃい勝ち負けなんかは、自己満の世界、エゴの世界で何の役にも立たない。
だから他には何の応用も効かず、社会に出ても役に立たなくなる。
そうしたことがちゃんと出来るのであれば、スポーツもいいと思います。特に身近に優秀な指導者がいるのであれば、やらせてみるといいと思います。
簡単にまとめれば、スポーツがいいと言う幻想を抱いて、スポーツをやりさえすればいいと思っている人は、子供にスポーツはやらせない方がいいです。
やった所で子供は怪我をして、親子のコミュニケーションだって、取れなくなったりするでしょう。
勝ち負けに対する、プレッシャーを抱えることになって、苦しくなるのです。
それだったら、争わない事を目指す合気道のようなものでもやらせたらいいと思います。と言っても何でも指導者によりますが。
最後に究極的な話をご紹介します。
「彼らに事情を悟らせないために、われわれはマス・レジャーを盛んにする。やがてわれわれの新聞で芸能、スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われわれと政治闘争しなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。こうして人間は次第に、独立して自ら思索する能力を失い、すべてわれわれの考える通りにしかならない。」
こういうことを書いていた人がいたのですが、これは当たっていますかね?
またもし当たっているとすれば、どれくらい前に書かれたものでしょうか?
これは「シオンの議定書」第十三の議定に書かれているものですが、今から100年以上も前です。
それが現実化している。
簡単に言えば、権力者たちの思惑通りに事が運び、皆罠にかかってしまったということです。
また学校でスポーツをやらせる理由も、遡るとこれなんです。
だから別にスポーツに限らず茶道でも何でもいいはずなのに、スポーツが特別扱いされている。
日本では政治に関心のある人は少ないですよね?
どうしてか?
そうなるように、まんまと仕向けられたからです。
政治以外のことに関心を持たせれば、政治に関心を持たなくなる。そうなると権力者たちは、好きなことをやれるようになるでしょう。
スポーツなんかやる必要ない。
やりたい人だけがやればいいだけで、スポーツが他と比べて、格別にいいものではないんです。
健康になって欲しい、人格形成に役立たせたいというのであれば、スポーツ以外にも色々あります。
しかし競技化されて、全国大会のあるものの方がメジャーになっているから、それに食いつく様になっている。その世界からは、簡単には抜け出せない。
もっとやりたいことをやればいいのに。
何度も言うように、先入観や思い込み、周りの環境に関係なく、子供がスポーツをやりたいと本当に思っているのなら、それをやらせてあげればいいし、親もそれを応援してあげるといいでしょう。
そうでないなら、まんまと落とし穴にはまる事になる。
世の中のことに惑わされない事です。
また本当にスポーツをやりたい子供なんかが、揺らぎ整体に来れば喜んで貰えると思う。