自分のタイプと我流について

 

札幌に移ってから、余りカウンセリングみたいなことをしなくなって、相談も乗って上げれてなかったのですが、教えて貰わないと、自分では中々分からないものですね。

だから最近はやっぱり教えなきゃいけないかなと、教えるようになって来ている。

 

人は大きく二つのタイプがあり、一つは師につかず、独学的に学んでいくタイプの人。もう一つは、師について学んでいくタイプの人。

これはタイプが違うと言うだけで、どっちが凄いも何もないですが、私はどちらかと言うと、宮本武蔵の様に、一人で色々考えたり、閃いたりして、色んなことを発見していくタイプです。

イチローのお父さんとか、タイガーウッズのお父さんとか、横峯さくらのお父さんとか、亀田さん兄弟のお父さんとか、一流選手に育てた親も、そういうタイプが多い。


しかし基本的には、殆どの人は、師について学ぶタイプになるのではないかと思います。

だから師について学ぶタイプの人が、師がいなければ、余り伸びて行かない。自分が伸びていくかどうか、悩みを解決していくかどうかは、いい先生との出会いによって決まる。

少なくても、自分がどちらのタイプであるのかは、よく分かっておいた方がいいですね。

 

と言うより、独学タイプの人は、一人で勝手にやって行くのでいいのですが、師について学ぶタイプの人は、それを自覚しておいた方がいいです。

それが大きく人生を左右する。

 

揺らぎ整体で学んでいるある人は、最初うつ病などがきっかけで来ましたが、揺らぎ整体で学んだことで人生が変わったので、うつ病になってよかったそうです。

病気や困難は、その時は無い方がいいと思うもので、病気になった方がいい何て発想にはならないものですが、実はメリットもあるし、後になってから分かるものがある。

上手い飯を食うには、まず空腹にならなきゃいけない。

 

もし幸運にも、いい先生と出会ったのなら、タイガーウッズが、

「質の高い指導を受け、その教えに沿って自ら努力するしかない」

と言うように、その教えに沿って自ら努力する。

出会って教わっているだけで、上手く行くとは限らない。

 

昔の教えで、「守破離」と呼ばれたものがありますが、まずは教えを忠実に守ることです。

何故なら自己流の解釈をして、直ぐに我流になるからです。

 

体操みたいなことを教えても、次会った時に、「こう教えて貰いました」なんて言われたりする。

だけど、「そんなもん、誰が教えた?」というぐらいに、全然違うものになっていたり、教えてもいないものを、自分で開発して発明したものを、私が教えたことになっている。

見事に違うもの、全く違う解釈になるんです。

だから裁判なんかで、証言はあてにならないんですね。特に時間が経てばたつほど、記憶が書き換えられ、証言は変る。

 

合気道の達人、塩田剛三先生も、我流について教えている。

sioda

「高岡英夫の極意要談 編・『秘伝』編集部 BA出版」から引用してみます。

 

塩田 そうですね。必ず安易な方に流れるのは人間の通常ですから、どうしても楽な方にというと自分の我流になってしまうんですね。我流になるのが多いですね。よそへいって先生になって、というのを見ると本当に情けなくなってしまう。これが俺の教えた弟子かなと・・・。

高岡 (笑)それは、基本の段階から崩れてしまうのですか。

塩田 全部自分のいいようになっちゃう。すると全部人間の顔が違うように手、足、腰全部違いますから、どうしてもそれに便乗しやすいような技になってしまう。

高岡 技の方を変えてしまうということですね。そうすると崩れていってしまうわけですね。

塩田 二十年以上やった連中がアメリカなどへ行って教えているとね、これはアメリカ式になっちゃっているわけですよ。

高岡 日本でやられているお弟子さんと、アメリカに出て行っているお弟子さんと、どちらも崩れていくことはあると思うんですが、日本のお弟子さんとアメリカのお弟子さんとでは何か特徴的な差はございますか。

塩田 どの土地ででも、雰囲気に同化しやすいという傾向がある。アメリカならアメリカの・・・。それは必要なんですけど、ある意味においては向こうの人間は違うんですから、向こうの人間と一体になるためにはそういうことも必要なんですけど本質を失う。本質までそっちになってしまっては、合気道は死んでしまう。
p16

 

また塩田先生は、我流になるのは、我が強いとか、心の欠陥があるからではないかと言う。

習う為には、それをまず捨てて、新たな気持ちで臨まなければ、本当に清新なものは入って来ない。そうしないとなかなか本物はとれないと。

 

中々難しいですけどね。

そう言えば、セミナーなどで勉強している人が、今年は人づきあいを最小限にすると決めたそうです。

それは旭川にいると、旭川式になってしまうから。旭川で生活しているから、旭川で上手くやって行かなければならないのだけど、本質を失わず、旭川と上手く付き合っていくことが難しい。

旭川の雰囲気に同化し、流され、本質を失いやすくなるのです。

 

だからある段階では、付き合いを制限する。また必要な人と付き合うことで、その割合を増やし、影響力を上げるということがいる訳です。

受験勉強にしても、天才みたいな人ならいいかもしれませんが、一時期、友達づきあいを控えて、家に籠って勉強する。また同じ塾に行っている人、同じレベルの大学を目指している人と付き合い、モチベーションを維持したりするでしょう。

 

安易な方に流れるのは、人の常だから、そうした制限、環境づくりをしないと、直ぐに周りに染まって、流されてしまう。

そして周りがこうだから、「まいっか」とか、当初の目的を忘れたり、すり替わっていたりする。

 

もし独学タイプでないのであれば、師につかないと、大きく伸びはしないし、困難や問題を克服するのも、少し難しかもしれない。

また運よくいい先生に出会えたのであれば、そこで油断したりすることなく、我を捨て、新たな気持ちで、自己解釈にならない様、その教えに沿って自ら努力する。

そうすれば、必ず道が切り開かれる。

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