顕在意識と潜在意識

整体スクールも大詰めで、来週で終わりになります。

整体スクールと言うと、整体の技術を学ぶというのが一般的だと思いますが、整体の技術を学んだ所で、根本的な人間力が低いままでは、何の役にも立たないという考えの下、特に今回は技術だけでなく、根本的な所にも力を入れて教えています。

その一つが潜在意識ですが、改めて教えてみると、普通の人は潜在意識について、何にも知らないものだなと実感する。

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恵まれているから気づかない!?

生きていれば、上手く行かない事もあるし、嫌なこともあったりする。

そんな時、「どうして自分だけが、こんな目に遭わなければならないんだ」と思うこともあれば、自分の境遇を周りの人や環境などのせいにしたりもすることもあるでしょう。

また本当は親切に、優しくしてくれているのに、それに気づかなかったり、それどころか文句を言ったりしてしまうこともある。

何故そんな風になってしまうのか?

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逆をやっていませんか?

最近子供のことで悩んでいる方から、「こう言う事を教えているのですがダメですか」と聞かれて、子供はそれに反発しているようなのですが、その話は私もごもっともと思う事で、間違っているとは思いませんでした。

だけど話を聞く中で、「子供が余り親の言うことを聞いてくれない」と言っていたのを聞いて、

「相手がこちらの言う事を聞いてくれないということは、基本的に自分が子供の言う事を聞いていないから聞いてくれないからですよ」

と言うと、実際に聞いていなかったと言います。

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強引さからの脱却

これは前回のセミナーで教えたことですが、殆どの人は強引に物事を運ばせようとする。とは言っても、相手の頭を床に押さえつけたりする訳ではないので、自分ではその自覚はないでしょう。

自分ではごく当たり前のことだと思っているので、それが特別に何か変わったことをしているとか、間違っているとは思わないのです。

また自分が正しく、相手が間違っていると考えるから、「自分は正しいんだ!」ということに気が囚われて、強引さとかなんだとかという事は考えない。

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合気道和の極意

格闘技では相手と戦い勝つことを目指す。

しかし合気道の場合は、相手と一つになる事を目指す。それはたとえ敵であってもです。

「塩田剛三の世界」と言う本に、こんなことが書かれている。

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来るものは拒み、去る者は突き放せ

やりたいことと言っても、社会と世間に惑わされて、自分が何をやりたいのかすらも分からなかったりする。また過去に囚われ前に進めない事もある。

そんな時どうするか。

よく去る者は追わず、来るものは拒まずと言われますが、昔のある整体の名人は、「来る者は拒み、去る者は突き放せ」と言われていました。しかし整体に限らず、昔の日本では、そういった感じであったでしょう。

それを行うことで本人の意思を確かめ、確認させていた。また去っていく場合は、時には引け目を感じたりして前に進めないことがある。そうならないように突き放すのです。

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プロスペクト理論て知ってる? 2

最近ある方から、

「ストーカーみたいな人がいますけど、好きな人が嫌がる事をしていて、その人が仮に一緒になれたとして、幸せになれるんですか?」

といった質問をされた。

当然なれませんね。

そういう人は、幸せになるという利益や、幸せになる事を目的にしているのではなく(意識的にはそう思っているかもしれませんが)、違う所に焦点が行っているので、絶対に幸せにはならない。

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プロスペクト理論て知ってる?

質問です。あなただったらどちらを選びますか?

A.無条件で100万円を手に出来る
B.コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない

あなたは、確実に100万円をゲットするAか、0円か200万円にかけてみるBのどちらを選ぶでしょうか。
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愛の力はある 4

今の時代は忙しくストレスが多いため、本当に十分な愛情を受けて育つという事は余りなくなって来ています。そのため親は色々苦しくて、その影響を受ける子供もまた苦しい。

資本主義、競争主義の世界の中で色々と洗脳されていているので、その延長で子育てをすると、どうしたって苦しくなるのです。

男女平等、女性の社会進出と言うのは、一見もっともらしいですが、それによって共働きになるなどして、子供に愛情を与える機会が減る、ストレスが増えるなど、多くの問題を抱えることにもなっているでしょう。

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愛の力はある 3

捻挫をした人の方の例で言えば、詳しくは聞いていませんが、お父さんは恐らくクリスチャンでも、熱心な仏教徒でもなく、ごく平均的な日本人の宗教観を持っているような人で、また何か特別に祈ったりなどしていなかったかもしれない。

つまりただ筋トレさえすればいいという問題でもないのと同じで、祈りさえすればいいという問題でもないということです。

筋トレにも質があり、また質が重要であるように、祈りにしても質があるのでしょう。その質さえあれば、別に祈ったりもしなくてもいい。

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