凄いのはジェフとEJ。息がピッタリで、実力もあり、最強コンビです。
ハキムが脱水症状でリタイヤしたのは、ジェフとEJの息が合い過ぎたからなのかもしれない。そのために自分のペースではなく、ジェフとEJのペースにつられてしまった。
だからもしそこまで息が合っていなければ、最初は三人それぞれが、お互いのペースを探り合い、三人のペースを見つけようとなるので、ハキムはもうちょっと楽だったかもしれないのです。
それと場所の問題もあってか、ハキムは今回、ちょっと不運だったですかね。
凄いのはジェフとEJ。息がピッタリで、実力もあり、最強コンビです。
ハキムが脱水症状でリタイヤしたのは、ジェフとEJの息が合い過ぎたからなのかもしれない。そのために自分のペースではなく、ジェフとEJのペースにつられてしまった。
だからもしそこまで息が合っていなければ、最初は三人それぞれが、お互いのペースを探り合い、三人のペースを見つけようとなるので、ハキムはもうちょっと楽だったかもしれないのです。
それと場所の問題もあってか、ハキムは今回、ちょっと不運だったですかね。
中々の個性派ぞろいだったので、ちょっと解説してみたいと思います。
あなたは誰タイプかな?
オノラはある程度説明したので大体いいと思いますが、多かれ少なかれ、誰しもがオノラ的要素は持っている。
オノラに歩み寄ろうとした髭もじゃのルークは、余り癖がなく、大体の人とやっていけるようなタイプ。
少し程度であれば、「大丈夫か?」程度で済みますが、誰だってずっとわめき散かされたり、ふてくされた態度を取られ続けると、ストレスになる。
それを心身ともに極限状態で、冷静にオノラに歩み寄ろうとしていた姿勢は評価できる。
ただ後半、孤立したダニに対する反応は、オノラに対する反応と、全く同じもので、自分が理解出来ない特異タイプの人とは、余り上手くやっていけない。
本当はオノラには、「無視されたと感じていたんだね」と、オノラの気持ちに共感し、オノラを肯定してあげるだけで、直ぐ解決出来たし、それをした後であれば、こちらの言うことは、何でも言うことを聞いてくれたのですけどね。
しかし言うは易しで、実際にはそれがちょっと難しい。
人のいいルークも、最後には我慢の限界となり、相当参ったようだったようで、「しっし、悪運を払おう」というのは、笑っちゃいました。
頑張るほどに強くなるものだと、誰もがそれを信じている。
しかし、実は頑張るほどに弱くなる。
そんなことを言われて、あなたは直ぐにそれを信じることが出来るだろうか?
まぁ、「こいつ、バカ言ってんでねぇ!」とならず、ゆっくり行きましょう。笑
最近のセミナーでは、中心軸の更に発展形である、側軸についても行っています。一般的には中心軸も何かさえ分からない、知られていないので、側軸ともなれば、全く訳分からないような世界でしょう。
またそれの関連として、この間、ブログでも曲がらない腕について書いたので、それもやってみました。
これらは全く関係の無いようでも、全て本質的に同じことなのです。
同じというのは、頑張らない身体、周りに左右されない身体、軸といったもの。
前回の参加者は、ずっとセミナーに参加してくれている人たちでしたが、皆ちょこっと程度教えたぐらいで、直ぐ出来ていたのには、私も驚きましたね。
私が力入れて、女性のか細い腕(肘)を曲げようとしても、全然曲がらないんです。
私なんてそれが分かるまでに、あれやこれやと研究し、何年もかかりましたから、羨ましい!
頑張ることは素晴らしいことですが、何か目的や目標があって、それとは違う頑張りをした場合は、その折角の頑張りも報われない。
またどうせ頑張るのであれば、その頑張りを生かせる頑張り方をしたいものです。
最近はコロナウィルスが流行ってきていますが、去年は地震などの災害があったり、北海道は歴史的な暖冬となり、その反面、カナダで大雪が降ったり、またオーストラリアでは大規模な山火事が続いているなど、何が起こるか分からない。
それで万が一を考えて、少しアウトドアをやるようになり、サバイバルにも少し興味を持つようにもなった。
自分の実力というのは、中々分からないものです。
たとえば学校の学力テストのようなものであれば、はっきりとした順位が出る。またスポーツや格闘技など、何かの試合があれば、はっきりとした順位が出る。そうすると、誰だって何となくの自分の実力は分かるでしょう。
しかしそうしたものでなければ、中々分からない。
たとえば「親」であれば、親の試験や試合もないから、順位のようなものは出ない。整体や医者のような職業も、試合はない。
そうすると、明確な判断基準がないため、少し自分の実力の判断が難しくなる。
合気道も試合がないため、実力がどの程度のものか、よく分からなかったりする。そうすると人によっては、級とか段とかで判断したりもする。
しかし級とか段というのは、道場や流派にもよりますが、ある程度年数やっていれば、誰でも上がって行くものなので、何段だから実力があるとは必ずしも言い切れない。
それで勘違いしたりもする。
一般的に治るかどうかは、医者とか整体の先生の腕にあると考えたりもする。
しかし同じ症状、同じ体であっても、治り方というのは、実は人によって全く違う。
若い人と年配の方とでは、当然若い人の方が回復が早い、という違いがあることは、分かると思いますが、何故同じ症状、同じ体であっても、治り方が違うのかと言えば、その人の考えや捉え方が違うからです。
今の現状を受け止めたのか、受け止めていないのか、マイナスに捉えているのか、プラスに捉えているのか、前向きな性格なのか、後ろ向きな性格なのか、明るいのか、暗いのか、よく笑うのか、深刻になり過ぎるのかなど、
その症状をどう捉え、どう向き合うのか、どう考えるのか、その人の性格によっても、少なくても行動に違いが出るのだから、違いが出る訳です。
好きな人と一緒にいたいから?
それもあるでしょう。
しかし殆どの場合は、もっと別の理由がある。
それは結婚することが、一般的な常識だからです。常識だからある程度の年齢になっても、まだ結婚していない人がいれば、常識と違うことをやっているから、「結婚しないの?」と疑問に思う。
また世間一般の常識的なことや、皆と同じことをしたいから、皆が結婚しているぐらいの年齢になったら、自分も結婚しようかなとか、結婚しないとまずいかな、といった考えが出て来る。
もちろん結婚することが、悪いだとかそういう話ではなく、また結婚だけの話ではなく、殆どのものが、周りの影響を受けた結果、それに自分も従っていることが多いということです。
期待することはいいことだと思われていますが、しない方がいいでしょうね。
何故なら期待して、期待通りの結果にならなかったら、勝手に一人で怒ったりするんじゃないでしょうか?
それで上手く行かなくなる。
たとえば子供にこうなって欲しいと期待をすれば、自分が考え出したレールに子供を乗せることになり、子供の自由、意思が失われる。
自由や意思を奪われた子供は、それに反発し、言う事を聞かなくなるし、親は子供が自分の思い通りにならなくて、ストレスとなり怒る訳です。
整体に来た子供に話しかけると、お母さんが答えたり、お母さんを見て、お母さんに答えを求める子供が割りといる。
お母さんは、「あんたが聞かれているんだよ」みたいなことを言うのだけど、元々の原因は、お母さんの言う通りに従えば上手く行くからと、子供に期待をかけ、人生の全ての選択は、お母さんの言うことに従わせ、しつけられてきた。
だから何事もお母さんの許可、ルールに従わなければならないから、「この場合、何て答えたらいいですか?」とお母さんを見る。