熊谷先生は、元々「痛くならないために行く歯医者」を目指していたわけではありません。
28で横浜に診療所を開業し、必死で腕を磨いてきたこともあり、患者が殺到するようになったが、38歳の時 山形に住む妻の父が、病で亡くなったことから、その場所で歯科医院を開くことになる。
しかし山形の患者は、横浜とは比べ物にならないほど、毎日の歯磨きが不十分で歯がボロボロな患者ばかり。
このまま治療しても、すぐ虫歯が再発するのは目に見えている。
これをきっかけに、まずは衛生士による口の清掃を徹底的に行い、予防のための指導が終わるまで、虫歯治療はしないと宣言する。
そしてここから熊谷先生の、壮絶な戦いが始まる。
歯医者の常識は、虫歯になったらそれを治してもらうこと。それとは違うことを行えば、患者から凄まじい反発を受ける。
「歯医者は痛い所を直してくれればそれでいい」
患者から罵倒されることも度々あった。
何しろ初診では、検査とブラッシングなどの指導が行われ、虫歯治療は行わない。
また検査も全ての歯のレントゲン、歯や歯茎の写真を様々な角度から十二枚撮影するなど行うから、こんなに検査する必要などないだろうとなるし、料金も当然高くなってしまう。
また定期的に通うことを勧められれば、金儲けでやっているなどと思われかねないでしょう。
そのため横浜では、患者が殺到するような歯科医であったにも関わらず、患者の多くが、初診の後ぱったり来なくなり、経営赤字スタッフの給料は、貯金を崩して払うまでになる。
それでも方針を曲げない。
「何と理解させたいから、こっちは本気で話をする。
だけど、それを納得しない人がいる。そういう時が凄い疲れる。
そういう人が一日に一人か二人いるだけで、
想像を絶するぐらい腹も立つしがっかりもする。
過去を思い出すと、ぞっとする」
患者の半分が納得するまで15年。それが多数派になるまでさらに5年。疎まれ嫌われても、信念を曲げず35年。
常識とは違うことを浸透させるには、20年ぐらいかかったりしますが、熊谷先生も受け入れて貰えるまでに、20年もの時間がかかっている。
それまでの間、本当に正しいことをやろうとする人こそが、反発を受け、罵倒されたりする。