イチローを一流に育てた父 16

中学時代の監督は、イチローを一度も褒めたことがない。

「ほめようと思ったら、いくらでもほめる機会はありましたよ。イチローのことですからね。毎日でもほめる材料はありました。でも、イチローはかならずそれをやりとげてしまう。ではイチローは、いったいどこまでやれるのか、わたしはそれだけイチローに関心を抱いていたんです・・・・」

イチローとわが家本当の話 鈴木宣之著 家の光協会 141項

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イチローを一流に育てた父 15

日本は早くから専門的に練習を行っているので、小学生が試合をすれば、アメリカに勝ちます。しかし中学高校となっていくと、徐々に追いつかれて、やがては抜かれたりする。

それは小さい頃からの過度な専門練習は、体の使い方が片寄ってしまい、怪我や土台を小さくする原因になるからです。

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イチローを一流に育てた父 14

イチローは小学生の頃から、野球一筋の練習をしてきた訳ですが、お父さんは打つ、投げる、走る、そして魅せるオールラウンドなプレーヤーになってもらいたかったため、偏りのないように、バッティングもピッチングも守備もバランスよく取り入れた。

これはイチローの将来性を伸ばし、また怪我をさせない体づくりを行うためにも、非常にいい方法だったと思います。

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頑張ることを止める

日本人が頑張ると、ほとんど力んでしまう。力むとスポーツでも、学校の勉強でも、子育てでも、仕事でも、何事も上手く行かない。

モンスターペアレントと呼ばれるような親や、神経質になっているお母さんは、皆頑張っている。しかし頑張っているから、大きなストレスとなり、空回りする。

その場合は、開き直って一旦頑張るのを止めてみると、「何だ、もっと楽にやっていてもよかったんだ」と気づく。

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イチローを一流に育てた父 13

小学校や中学校、また野球場で試合がある時は、あがることなく、落ち着いた気分で試合に臨めるよう、必ず試合会場を事前に下見したそうです。

よくホームは強くて、アウェーは弱いと言われますが、慣れない所ではストレスを受け、どうしても力が出せなくなる。

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イチローを一流に育てた父 12

今まではイチローのお父さんがやってきた、普通の人にはとてもできないような大変さを中心に紹介してきましたが、ここからは私が面白いと感じた、ユニークな指導法をいくつか紹介していきます。

イチローは小学生の頃から毎日練習し、毎日バッティングセンターにも通っていたので、それだけを聞くと、多くの人は物凄い練習量で、きっとハードにやってきたんだろうな、と間違えて解釈してしまう。

イチローのお父さんは、イチローに無理させるようなことは、決してしなかった。

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才能の問題なのか 3

一流のアスリートに育てた親が、「この子はちょっと違う」と、感じていたことですが、まず親が運動に関心がなければ、プラスチックバットすら、買い与えることもないので、

そういう親は、子供に才能があったとしても、才能を感じようもなく、また才能を伸ばすような子育てもしないでしょう。

 

また一流に育てるような親は、他の親と育て方が違っている可能性があり、そのため知らぬ間に差がついていて、「この子は少し違うのではないか」と感じる可能性がある。

そうしたことも考えると、才能の定義にもよりますが、生まれた段階での、才能の差が大きな問題ではないかもしれません。

時折、「生まれた星が違う」のようにも、言われたりすることもありますが、あえて言えば、親が違うと言うことでしょうか。

 

子供は皆、何かしら感性を持っている。

しかし、親に感性がないとそれに気づかない。また気づいたとしても、「凄いねぇ」程度で終わらせてしまう。

一流のアスリートに育てた親は、それを見抜いて、また見て見ぬふりをするような感じではなく、それを伸ばそうと、とことん付き合った。

その結果、一流のアスリートを育てることが出来たのではないでしょうか。

才能の問題なのか

スポーツで言うと、「誰でもプロアスリートになれるものを、持っているのではないか」、というのが私の考えです。

それは幼い子供は、皆超一流のパフォーマンスを発揮しているし、また一つ一つの動作を事細かく分析すれば、何が悪いのかがわかっていき、それを改善させていけば、誰でもパフォーマンスをアップさせることが出来る。

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イチローを一流に育ててきた父 11

イチローは名前が一朗にも関わらず、実はお兄ちゃんがいて次男です。

だからお兄ちゃんはほったらかしだったのか、グレなかったのかと聞かれました。これはイチローのお父さんも、よく聞かれたそうです。

折角なので、まず名前の由来についてですが、長男は一泰(かずやす)で、父への感謝の気持ちと、その性格、人柄を受け継いで貰いたいと言う願いから、

二人とも父の「銀一」から「一」をもらって、第一にこうしたいという思いから名前を付けた。

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