土曜日の施術とセミナーの時間が、変更になりました。
次回の施術と個人指導は、
9月13日(金)14時~19時、9月14日(土)13時~16時
セミナーは、9月14日(土)17時~18時半
場所はいずれも新旭川地区センターです。
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成功する人、上手く行く人と、そうでない人との違いは、基礎や基本が出来ているかどうかの差だと言ってもいいと思います。
武道では、「基本に始まり基本に終わる」と言われたりもしますが、一般的には「そんなの基本的なことだぞ!」と、基本とは簡単なこととして、扱われていますが、そうではなく、基本こそが最も難しいことでもある。
最近話題の八村塁選手にしても、プロになってからも、基本をみっちり練習させられているとか。バスケットボールの神様、マイケルジョーダンも、基本の練習をみっちりやっていたそうです。
しかし、そういったレベルの人程、基本の重要性が分かっていたり、また運よく基本の重要性を教えてくれる指導者がいたりしますが、そうしたレベルでない人程、自分がちょっと出来るようになったら、「基本が出来る様になった」、「基本は出来ている」といった考えを持つようになり、テクニック的なことに走る。
筋肉痛や関節痛、また便秘、冷え性、イライラ、頭が重い、疲れやすい、だるい、眠れない、足がむくむなどの不定愁訴の多くは、簡単に取れます。
確かに難しい症状、時間のかかるものというのはあるのですが、「8割ぐらいのものは、簡単に取れる」と言ってもいいものじゃないかと思います。
現に、私は予約を頂いた場合、何か症状などがあれば、アドバイスをしたりしますが、それだけで、症状が良くなったりする。
顎関節症だってよくなるし、10個の症状が全て無くなるとか、100の痛みが0になるとかではありませんが、大体の症状はアドバイスするだけでも、軽減したり、改善したりするのです。
仕事が出来る人などは、出来ない人を見ると、「なんでそんなことが出来ないんだ!」と腹が立ったりすることがありますが、それは自分の得意分野だったり、元々自分が自然と出来ていたことだったり、自分が最初出来なかったことを忘れ、相手に自分を当てはめて考えてしまうからです。
子育てでは、子供に対する期待が大きすぎると、「なんでそんなことも出来ないんだ!」と、なりやすい。
出来る人は出来ない人の気持ちが分かりにくいし、逆に出来ない人には出来る人の気持ちが分からなかったりするため、お互い苦労するのですが、一つの解決法としては、子育てであれば、子供の目線になって考えること。
無意識の内に自分の考え、視点で、考えてしまいますが、なるべく子供の目線、立場になって、考えてみるのです。
危険を回避する簡単な方法が一つある。
それはあらかじめ危険に遭っておくこと。笑
煽り運転男に殴られた人がいましたが、恐らく、今まで喧嘩や叱られたりなどして、他人に殴られた経験がない。
殴られた経験が無かったため、殴られる危険を感じることが出来ず、回避出来なかった。
だからあの時、もし殴られるのを回避したかったのであれば、どこかで殴られておけば、恐らく回避出来た。笑
また逆に今回殴られて、危険を経験したので、次は回避出来るかもしれない。
客観的になりなさいなど言われたりしますが、客観的にというのは、どういういうことでしょうか?
辞書には、
「特定の立場にとらわれず、物事を見たり考えたりするさま」
とあります。何となくは分かると思いますが、具体的に、はっきりと、また自分が使えるレベルでは、分かっていないかもしれません。
客観的に見るとは、たとえば自分に子供がいたとして、子供とは、全くの他人であるとして、見たり判断すること。
また、自分が客観的な判断が出来ているかどうかは、自分の子供が、全くの他人であったとしても、同じ判断になっているかどうかということです。
私は他人が言っていることは、余り信用していません。笑
もちろん信用していないと言っても、全く信用していない訳ではない。
信用しているものは当然ある。
しかし、基本的に、「そうなのかな?」とは思うものの、鵜呑みにはしない。
沖ヨガ創始者、沖正弘先生が、
「信じるな!疑うな!確かめろ!」
とおっしゃっていましたが、それを心がけているのです。
だから鵜呑みにもしないけど、逆に端から否定もしない。
煽り運転の男、捕まったようですね。相当悪質でしたから、暫く反省し、心を入れ替えて頂きたいものです。
それにしても殴られた人がいたお蔭で、逮捕して貰えた訳ですが、ただ自分であれば、殴られたくはない。笑
相手が下りて来た時点で、車が来ていなかったはずだし、助手席の女性が乗り込むまでの時間も出来るので、その間に逃げますかねぇ。
また、もし女性であれば、絶対に窓なんか開けなかったと思いますが、それを何故わざわざ窓を開けてしまったのかと言うと、油断からきたものだと思います。
集中力について、誤解されているように感じていますが、本当は集中することは、集中しないことなんです。
どういうことかというと、本当の集中力を発揮している状態は、一つのことというよりも、静かな感じで、どちらかと言えば、視野が広くなりよく見えたりするような状態です。
たとえば怒り狂ったり、パニックを起こしたりすると、周りのことが分からないぐらいに、一つのことに集中していますね?それが最高のパフォーマンスを発揮しているかというと、最悪のパフォーマンスです。
その最悪のパフォーマンスの逆が最高のパフォーマンスになる訳だから、一つのことに集中はしているのだけど、視野が広くなって、周りがよく見えるような状態が、本当の集中している状態なんです。
その本当に集中している状態のことを、昔の武道では「無念無想」と言われていました。
集中力という言葉は、集中するのだけど集中しないみたいな感じでもあるため、言葉が感覚的に合わないのですが、無念無想もしくは、無ということであれば、なるほどなと思う。